中央大学 山下 聖仁
本問を検討するにあたり、まず結論を述べます。
Xは、Y1に対して、709条、710条に基づき、治療費などの財産的損害、及びそれに伴う精神的損害の賠償を請求できます
また、715条1項に基づき、使用者責任による損害賠償を請求できます。
Y2に対しては、715条1項に基づき、同様の損害賠償を請求できます。
Y3に対しては、Xは、709条、710条に基づき、同様の損害賠償を請求できます。
以下、かかる結論に至った理由を述べます。
第1に、Xは、Y3に対していかなる請求ができるか、検討します。
まず、Xは、Y3に対して、709条、710条に基づき、一般不法行為による損害賠償を請求できないでしょうか。
この点、709条の要件は、故意または過失、権利または利益の侵害、その侵害と因果関係のある損害の発生です。
以下、かかる要件を満たすか検討します。
まず、過失には損害結果の予見可能性を前提とした、結果回避義務違反が必要であると解します。
本問において、事故の現場であるスーパーマーケットは、多種多様な商品を配置した店内に、不特定多数の人々が行き来する場所です。
かかる場所において、重厚な大型掃除機を操作すれば、人と接触し、怪我を負わせる可能性は十分あるといえ、Y3は、接触事故による損害結果を予見できたといえます。
そして、Y3は大型掃除機を操作していますから、人に接触すれば損害を与える危険性は高いです。
とすれば、Y3は清掃会社の従業員として、周りに相応の注意を払い、損害発生を未然に防ぐべき結果回避義務を負っていました。
しかし、Y3は何ら対策を立てないまま大型掃除機を操作しており、相応の注意を払っていたとはいえず、結果回避義務を果たしていません。
したがって、Y3には過失が認められます。
次に、権利または利益の侵害は認められるでしょうか。
本問において、Xは身体という個人の人格に関わる重要な権利を侵害されています。
よって、権利の侵害が認められます。
そして、この侵害と因果関係のある損害は、Xの怪我の治療費などの財産的損害、及び怪我に伴う精神的損害です。
よって、Xは、Y3に対して709条、710条に基づき、かかる内容の損害賠償を請求できます。
第2に、Xが、Y2に対していかなる請求ができるか、検討します。
まず、Xは、Y2に対して、709条、710条に基づき、損害賠償を請求できないでしょうか。
この点、Y2は作為行為としてXに損害を与えていないため、一般不法行為の責任を負わず、709条、710条に基づく損害賠償請求はできないように思えます。
しかし、Y2は、Xに損害を与えたY3を雇用していますから、Y3がXに与えた損害に対し、不作為行為として、企業責任たる一般不法行為責任を負わないでしょうか。
先の一般不法行為の要件を満たすか、検討します。
まず、Y2に過失はあるでしょうか。
この点、大手清掃会社であるY2であれば、清掃業務中に大型掃除機を操作させれば、客に損害が発生することは十分に予見できたといえます。
では、Y2に結果回避義務はあるでしょうか。
この点、たしかにY2は雇用契約に基づく選任監督義務を負っていますが、かかる義務は、雇用契約の相手方であるY3に対しての義務という域を越えるものではなく、社会通念上一般的な注意義務たるものではありません。
よって、Y2には一般不法行為を構成する結果回避義務があるとはいえないため、Y2には過失がありません。
したがって、一般不法行為の要件を満たさず、XはY2に対して、709条、710条に基づき、損害賠償を請求することはできません。
としても、Y2は、Y3と雇用関係にはあるため、XはY2に対して、715条1項に基づき、使用者責任による損害賠償を請求できないでしょうか。
この点、715条1項の要件は、使用者と被用者の関係があること、被用者が事業の執行につき不法行為を行ったこと、そして、使用者に免責事由のないことです。
以下、かかる要件を満たすか検討します。
まず、使用者と被用者の関係が認められるためには、一方から他方への指揮監督関係が必要です。
Y3は、Y2の社員であることから、雇用契約に基づく指揮監督関係があり、使用者と被用者の関係が認められます。
そして、本件事故は清掃会社Y2の業務である、清掃作業中に発生しており、事業の執行についての不法行為があったといえます。
最後に、Y2に免責事由はないでしょうか。
この点、使用者の免責事由は、使用者が、被用者の選任及び監督につき、十分な注意を果たしたことです。
本問では、Y2にはかかる免責事由は見受けられません。
よって、Xは、Y2に対して、715条1項に基づき、損害賠償を請求できます。
第3に、Xが、Y1に対していかなる請求ができるか、検討します。
まず、Xは、Y1に対して、709条、710条に基づき、損害賠償を請求できないでしょうか。
この点、Y1は、作為行為としてXを侵害していないため、一般不法行為の責任を負わず、709条、710条に基づく損害賠償請求はできないように思えます。
しかし、XはY1の経営するスーパーマーケットの店内において大怪我を負っていることから、店舗の管理をする企業として、不作為行為としての一般不法行為責任を負わないでしょうか。
先の一般不法行為の要件を満たすか、検討します。
まず、Y1に過失はあるでしょうか。
この点、スーパーマーケットを経営しているY1であれば、不特定多数の人が集まる店内を十分に管理していないと、接触事故がおこり、人に怪我を負わせることは十分に予見できたといえます。
そして、不特定多数の人々が行き来する場所に人を呼び込み、危険を作出する者は、その場所に存在する危険をなくすよう努めるべきであり、その場所にいる人に対して、条理上ないしは社会通念上、事故による損害結果を回避する義務があったといえます。
具体的には、危険源が人と接触する可能性を低くするよう、場所を適正に管理する義務があったといえます。
本問で、Y3が清掃していた時間帯は夕方であり、通常、店内が一番混雑する時間帯ですから、大型掃除機が客と接触する可能性が高い状況でした。
にもかかわらず、Y1は、店が混雑する時間帯を避けるようスケジュールを作成するなどの措置を採っていないため、かかる管理義務を怠っていたといえます。
よって、Y1には過失が認められます。
次に、先ほどと同様、Xは身体という個人の人格に関わる重要な権利を侵害されており、権利の侵害が認められます。
そして、この侵害と因果関係のある損害は、先ほどと同様、治療費等の財産的損害、及びそれに伴う精神的損害です。
よって、Xは、Y1に対して、709条、710条に基づき、かかる内容の損害賠償請求ができます。
次に、Y3は、Y1の経営する店内で清掃業務を行っています。
これにつき、715条1項に基づき、損害賠償を請求できないでしょうか。
まず、使用者と被用者の関係を認めるために必要な指揮監督関係があるかが問題となります。
この点、Y1とY3との間には雇用関係はなく、指揮監督関係はないようにも思えます。
しかし、被用者とは、報酬の有無、期間の長短を問わず、広く使用者の指揮監督のもとに使用者の経営する事業に従事する者をいうと解します。
したがって、指揮監督関係は、実質的に判断すべきです。
本問において、Y1は、清掃会社であるY2、およびその社員の専門的知識、技術を信頼して本件契約を結んでいると考えられます。
とすれば確かに、業務における清掃の技術面に関しては、Y3の裁量に委ねられており、実質的に指揮監督関係はないようにも思えます。
しかし、店舗内でY3が自由に清掃を行ったのでは、Y1のスーパーマーケット経営を妨げることになりかねません。
とすれば、Y1はスーパーマーケットの経営状況に即して、Y3に直接指示を出せる立場にあったといえ、実質的に指揮監督関係があったといえます。
したがって、Y1とY3の間に使用者と被用者の関係が認められます。
次に、事業の執行において被用者の不法行為があったといえるでしょうか。
この点、清掃業務は、店舗経営において、衛生上、必要不可欠なものです。
とすれば、Y1の店舗経営と、Y3の清掃業務とは密接不可分といえ、Y1の事業であったといえます。
そして、清掃業務中に事故が発生しており、事業の執行についての不法行為があったといえます。
最後に、Y1には、先に述べたような免責事由は見受けられません。
よって、XはY1に対して、715条1項に基づき、損害賠償を請求できます。
最後に、Y3とY1の一般不法行為は、719条1項前段の共同不法行為とならないでしょうか。
各加害行為者の不法行為が客観的に関連共同していれば、719条1項前段が成立する、と解します。
本問では、Y3の作為行為とY1の不作為行為が相互に重なり合い、一体となって本件事故を発生させたと評価できるので、これらは客観的に関連共同していたといえます。
よって、719条1項前段が成立し、Y1とY3の一般不法行為は、共同不法行為となります。
したがって、それぞれに対する損害賠償請求権は不真正連帯債務の関係となります。
尚、Xに過失があれば、先に認めた全ての請求に対して、722条2項により過失相殺される場合があります。
以上より、冒頭の結論に至りました。
以上
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