中央大学 山本 綾乃
本問を検討するにあたり、まず結論を述べます。
本問法律案における内閣の解散権に対する制限は、7条3号に反し憲法上不当であるため、法律となった場合、違憲となります。
以下、かかる結論に至った理由を述べます。
まず、本問法律案では内閣に法案提出権を認めています。
これは、憲法41条から導かれる、国会単独立法の原則に反し、違憲とならないか問題となります。
そもそも、立法の本質は審議、議決にあり、国会は内閣提出法案を自由に修正、否決できるため、立法権を侵害することになりません。
よって、国会単独立法の原則に反せず、違憲となりません。
次に、本問法律案は、前段後段ともに、内閣の解散権を制限しています。
内閣に許された解散権に対する制限は、憲法に反するため、内閣の解散権の範囲が問題となります。
この点、憲法では、7条3号及び69条に、衆議院解散の規定があります。
しかし、内閣の解散権を、直接認めた規定はありません。
そこで、解散権の範囲を明らかにする上で、解散権について憲法上の根拠が問題となります。
では、解散権の憲法上の根拠はどのように求めるべきでしょうか。
そもそも、解散とは、任期満了前に、議員資格を失わせることです。
内閣による解散は、議員資格を失わせることで、国会に対する抑制手段としての役割を持ちます。
これにより、内閣と国会の権力分立関係を、保障することが可能です。
この権力分立関係を保障した解散は、国民の権利保護に直結する、自由主義的意義を、有します。
また、解散によって、任期満了前に、あえて選挙を行うことで、衆議院に新しい民意を反映させることができます。
これにより、解散は、民主主義的意義を、有します。
この二つの意義は、国民の権利保護を意図しているため、重要となります。
以上二つの意義を考慮しつつ、解散権の根拠について検討します。
ここで、内閣が、解散権を行使できる場合を、具体的に定めた条文は、69条しかないため、69条に根拠を求める考えもあります。
確かに、69条は、内閣不信任という、国会の判断への抑制手段としての解散ができる点で、自由主義的意義は充足されます。
しかし、69条は、内閣不信任の決議がされたときしか、解散権を行使できず、民意を問える機会が十分にないことから、民主主義的意義は著しく没却されます。
ゆえに、衆議院解散は、69条の場合に制限されるべきではありません。
したがって、解散権は、69条を根拠として認めることはできません。
それでは、天皇の国事行為として、解散を規定した7条3号を、解散権の根拠とできないでしょうか。
この点、天皇の国事行為は、3条により内閣の助言と承認が必要とされます。
かかる規定から、内閣が助言と承認を通じて、衆議院解散の実質的決定を行っていると解します。
そして、7条3号を根拠とすると、明文上の制限がないため、自由主義的意義及び民主主義的意義は、必要最低限満たされます。
したがって、内閣の解散権は7条3号を根拠として認められます。
ここで本問法律案は、7条3号で認められる、内閣の解散権を、制限していることから、その制限が憲法上許容されるのか、問題となります。
確かに、内閣の解散権は、7条3号に明文上の制限が無いため、自由に行使できるようにも思えます。
しかし、内閣の解散権になんら制限が無い場合、内閣は非常に大きな権限を与えられ、三権分立関係にとっての多大な障害となります。
これは、三権分立によって国民の権利を保障する、憲法の趣旨に反します。
そのため、内閣の解散権には一定の制限が必要です。
では、一定の制限が必要として、どのような範囲で認められるのでしょうか。
ここで、解散の必要性と解散による不利益の調整のため、以下の規範に当たる場合のみに解散権が認められると考えます。
第一に、衆議院で内閣が提出した重要案件が否決、または審議未了になった場合が挙げられます。
確かに、内閣提出の案件が否決されることは、立法権の本質である審議議決の結果であり憲法上予定されているので、解散の必要はないように思えます。
しかし、様々な案件の中でも、行政の現場からの情報に基づいて、福祉主義を達成するための案件は、国民の権利保障から、重要といえます。
そして、そのような重要案件の否決には、解散による民意の反映をはかる必要があります。
また、福祉主義を達成するという目的から、少数者の人権も保障されます。
よって、内閣提出の重要案件が否決された場合は、解散権の行使が許されます。
さらに、衆議院での否決に限られるのは、議会としての性質を分けることで、立法権として異なる役割を与える、という憲法の要請によるものです。
衆議院は、その時々の民意の反映による国政の運営を、求められます。
それに対し、参議院は、長期的、多角的視野を持つことによる、衆議院に対するチェック機関としての側面が、より求められます。
とすると、解散する場合は、より民意の反映が求められる衆議院での否決、という場合のみに限定すべきであり、参議院でそれがなされた場合には、解散すべきではありません。
したがって、衆議院で内閣の重要案件が否決、または審議未了になった場合は、解散する必要性と、解散による不利益の調整が図れます。
第二に、新しく重大な政治的課題に直面し、国政の円滑な運営が困難である場合が、挙げられます。
新しく重大な政治的課題とは、直前の総選挙の争点ではなかった、国民の権利保障に大きく関わる問題のことです。
このような問題に対する民意は、国会に反映されていないので、民意を問う必要性は高いと言えます。
しかし、間接民主制における、議員のなすべき職務として、国政に関する問題の審議があります。
とすれば、このような問題も、議員による審議を経てしかるべきと言えます。
ただ、国政の円滑な運営が困難である場合、議員が本来なすべき職務は、果たされないままに終わってしまうことが、考えられます。
このような場合に、政治的課題に対処するために解散することは、十分な正当性が認められます。
したがって、新しく重大な問題への対処が、国政の場においてできない場合は、内閣による解散は許容されると解します。
以上、二つの規範に当たる場合であれば、内閣は解散権を行使できます。
それでは、本問法律案の場合、内閣は解散権を行使できるのでしょうか。
まず、前段の場合から検討します。
本問法律案前段は、内閣提出法案が、衆議院で可決後、参議院で否決した場合は、衆議院解散を行うことができないとしています。
ここで、参議院で否決した場合とは、参議院で否決した後、衆議院に再送付、審議、否決した場合、あるいは、参議院で否決しただけの場合のどちらかが考えられます。
まず、前段が、衆議院に再送付後、否決した場合の解散を対象としているとすると、第一の場合に当たるため、認められる解散を禁止しており、憲法に反します。
次に、前段が、参議院で否決しただけの場合の解散を対象としているとすると、第一の場合から、不当な解散権を禁止しており、憲法に反しません。
この点、本問法律案は衆議院議員により提出されています。
ここから、本問法律案は参議院の事情を理由として、衆議院が解散されることを禁止する目的のものだといえます。
したがって、法律案が参議院否決後、衆議院に再送付され、審議された場合は衆議院の議決を受けての解散であるため、本問法律案では禁止されないと解します。
よって、本問法律案前段は憲法に反しません。
次に後段について検討します。
本問法律案は、後段で参議院において内閣総理大臣に対する問責決議案が可決された場合の解散権を、禁止しています。
内閣総理大臣に対する問責決議案は、衆議院における内閣不信任決議と違い、法的拘束力はありません。
しかし、70条より、内閣総理大臣が欠けた場合、内閣は総辞職しなければなりません。
ここから、内閣総理大臣への問責は、内閣に重大な影響を及ぼし、内閣への不信任と同視出来ると言えます。
ゆえに、問責決議案が可決された場合、内閣は何らかの政治的責任をとるべきです。
したがって、参議院による問責決議案の可決は、重大な政治的課題といえます。
そして、問責決議案が可決されるような状況は、内閣総理大臣に問題が認められ、国政の円滑な運営が困難な状態、と考えられるため、解散は許容されます。
よって、参議院で、内閣総理大臣に対する問責決議案が可決された場合は、第二の場合にあたり、解散権を行使できます。
にもかかわらず、本問法律案後段は、かかる場合の衆議院解散を禁止しているので憲法に反します。
よって、本問法律案は成立した場合違憲となります。
以上
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