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平成19年度 第56回 全日本学生法律討論会 論旨 
中央大学 山岡 篤実


 本問を検討するにあたり、まず結論を述べます。

 正当なのはXの主張です。

 以下、結論に至った理由を述べていきます。

 XY両者の主張の争点は、Yの表現行為が、不法行為の成立要件である、違法性を有するか否かにあります。

 そのため、Xの主張が正当といえるためには、Xの主張する法的利益の侵害が認められることと、Yの表現行為の違法性が否定されないこと、の2つが必要です。

 では、Xの主張する、法的利益の侵害は、認められるでしょうか。

 本問で、Xは、プライバシー権、名誉権、実名で報道されない権利の、3つの権利を主張しており、以下それぞれにつき検討します。

 第一に、プライバシー権とは、私生活をみだりに公開されない権利をいいます。
 これは、個人の尊厳の観点から、憲法13条後段により保障されていると考えます。
 そのため、プライバシー権は、私人間においても法的利益だといえます。
 そして、Xの犯罪事実、および過去の補導歴や生い立ちは、一般人がその立場に立てば、公開を欲しないであろう、私生活上の事柄であり、かつ一般人には未だ知られていない事柄といえます。
 従って、Xのプライバシー権の侵害が認められます。

 第二に、名誉権とは、自らの社会的評価を維持する権利をいいます。
 これは、民法上保護されており、法的利益だといえます。
 そして、Yの記事により、Xは殺人犯であるというレッテルを貼られ、Xの社会的評価は低下するといえます。
 従って、Xの名誉権の侵害が認められます。

 第三に、実名で報道されない権利とは、出版物等に、自己の犯罪情報と併せて、実名を掲載されない権利をいいます。
 これは、知られたくない自己情報と結びついている点、および、社会的評価に影響する点において、プライバシー権や名誉権により、すでに保護されているものとも思えます。

 しかし、少年法61条によって、少年にとっての実名で報道されない権利は、プライバシー権や名誉権とは、独立して保護すべき法的利益と考えます。

 以下、少年法61条の解釈とともにその理由を述べます。

 そもそも、少年法は、1条において、少年の健全育成を期し、非行のある少年に対して、性格の矯正、及び環境の調整に関する保護処分を行うことを目的とする、と規定しています。
 これは、可塑性のある少年を更生させることをもって、世の中から犯罪を減らすという、政策的な目的があると考えられます。
 これに加えて、現代において少年法は、かかる政策的な目的だけではなく、少年の健全育成それ自体をも、目的にしていると考えるべきです。

 以下、その理由を述べます。

 そもそも、憲法上、少年の選挙権が制限されていることや、少年の学習権がより強く保障されていることなどからすると、憲法は、少年の未熟性や、健全育成の必要性を認めていると考えられます。
 また、子どもに関する権利を認めていく傾向が、世界的にあり、子供固有の権利を認めている、児童の権利に関する条約を、わが国も承認しています。
 これらの状況を踏まえると、少年法は少年の健全育成、それ自体をも目的としていると考えるべきです。
 そのため、61条も少年保護のために、独自の権利を規定したものと解すべきです。
従って、同条は、少年に、実名で報道されない権利を、保障したものであると考えます。

 よって、少年の実名で報道されない権利は、少年にとって独自の法的保護に値する権利といえることとなります。

 本問では、Yの記事は、不特定多数の一般人がXを特定できる記事といえるので、少年法61条に反しています。
 従って、Xの実名で報道されない権利の侵害が認められます。
 よって、Xの主張する、3つの法的利益の侵害は、認められます。

 では、Yの表現行為の違法性は否定されるのでしょうか。
 この点について、Yは、自己の出版行為は、憲法21条1項によって表現の自由として保障されており、違法な侵害ではないと反論しています。
 これをふまえ、Yの表現行為の違法性が否定されるかについて、それぞれの権利ごとに、以下検討していきます。

 第一に、プライバシー権について検討します。
 プライバシー権は、個人の尊厳から認められる人格権です。
 一方、報道の自由は、情報の送り手と受け手が乖離した現代社会においては、国民の政治的意思決定の前提となるものです。
 そうだとすれば、私生活にかかわる情報であったとしても、それが社会との関係を持つものであれば、政治的意思決定において必要になることがあります。
 そこで、Yの主張するように、その表現行為が社会の正当な関心事であり、表現内容、方法が不当なものでなければ、表現行為は違法性が否定されると考えます。

 本問において、本件記事の内容は、殺人という重大な犯罪行為であり、犯罪を予防する政策や、殺人事件の取り扱いなどについて検討する資料となりえます。
 そのため、Yの表現行為は、国民の政治的意思決定において、役立つものであり、社会の正当な関心事といえます。
 では、表現内容、方法は不当なものなのでしょうか。
 記事の目的や意義、当該表現の必要性、記事の具体的な表現などを考慮して判断します。
 本件記事の目的及び意義は、事件の背景などを社会に伝え、事件の問題点を社会に提起することだと考えられます。
 だとすると、名前や顔写真は、かかる目的を果たす上で、積極的に必要な内容とまではいえません。
 しかし、名前や顔写真は、事実の特定という点で、犯罪ニュースの基本要素であり、公表が許されない、と積極的に言うほどの事情もありません。
 したがって、表現内容は不当とまではいえません。
 また、殺人事件を起こした少年の素顔、という題名は、読者の好奇心を悪戯にかきたてるようなものではなく、また、他にそのような見出しや表現が使われているという事情もうかがえません。

 したがって、表現方法も不当なものとはいえません。

 よって、Yの出版行為は、プライバシー権侵害につき、違法性が否定されます。


 第二に、名誉権について検討します。
 名誉、つまり社会的評価というものは、現代社会において、人格的生存に必要不可欠なものです。
 とはいえ、国民が社会的事実に対して適切な評価をしていなければ、民主主義における意思決定が適正になされません。
 報道の自由は、この国民の適切な評価に寄与するものです。
 そのため、たとえ個人の社会的評価を損なわせる言論であっても、それが真実であれば、適切な評価を形成する上で必要となる場合があります。
 そこで、表現行為が公共の利害に関する事実に関わり、目的が公益を図ることにあり、内容が真実であったときは、その表現行為は違法性が否定されると考えます。

 本問では、先に述べたように、Yの出版行為は、社会の正当な関心事であることから、公共の利害に関する事実に関わるものといえます。
 また、報道はそれ自体が公益性をもつため、その対象が公共の利害に関する事実である以上、公益を図る目的も認められます。
 さらに、内容が真実でなかったという事情は、本問から読み取れません。
 従って、Yの出版行為は、名誉権侵害についても、違法性が否定されます。


 第三に、実名で報道されない権利について検討します。
 この権利は、少年の未熟性に着目し、強く少年の保護を図ったものといえるので、表現の自由との関係で、プライバシー権、名誉権よりも強く保護すべきであると考えます。
 そうすると、原則として、実名報道があれば、違法性があるというべきです。
 しかし、犯罪報道には、それによって社会防衛や社会秩序の維持を図ることができるという機能を有します。
 たとえば、現に犯人が逃走中である場合などには、逮捕による事件の早期解決や、二次被害の防止などの効果が期待できるからです。
 だとすれば、犯罪報道における実名報道は、たとえ少年事件であったとしても、絶対的に違法となる、とまではいえないと考えるべきです。

 そこで、実名報道することが、少年の有する利益の保護や、少年の更生といった、優越的な利益を上回るような特段の公益を図る必要性があり、かつ手段が右目的からみてやむを得ないと認められる場合には、例外的に実名報道をしても違法性ではないと考えます。
 本問では、不特定多数の人間が少年を推知できる、実名、顔写真などを用いています。これは、少年法61条が禁じた推知報道つまり、実名報道に当たります。
 そして、問題文上、前述の特段の公益を図る必要性は見当たりません。
 従って、Yの表現行為は、実名で報道されない権利については、違法性を否定されません。

 よって、Yの表現行為の違法性は、否定されません。


 以上より、Xの主張する法的利益の侵害は認められ、かつ、Yの表現行為の違法性が否定されないことから、Xの主張が正当といえます。
以上
 

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