甲土地を所有するAは、取引のあったB銀行の担当者から、土地の有効利用のノウハウを有する会社としてC建築会社を紹介された。C建築会社の担当者は、Aの自己資金7000万円に借入金3000万円を加えた資金で、甲土地に自宅部分と賃貸部分とからなる乙マンションを新たに建築し、その賃貸部分からの賃料収入でAの借入金の返済に充てる計画を立て、これに基づいて経営企画書を作成した。そして、この経営企画書を参照したB銀行の担当者は、上記資金合計1億円で乙マンションを建築し、その賃貸部分からの賃料収入を借入金の返済に充てた場合の具体的な資金計画等を記載した投資プランを作成した。
B銀行の担当者とC建築会社の担当者は、Aを訪問し、上記の経営企画書および投資プランを提示して、その内容を説明した。その際、両担当者は、上記計画におけるAの自己資金について、乙マンションを建築した後、甲土地の西側部分(以下「西側部分」と呼ぶ)を7500万円で売却することによってねん出することができると考えており、両担当者のAに対する説明もこのことを前提とするものであった。
ところが、上記計画には以下のような問題点があった。甲土地には建築基準法52条1項による容積率の制限が課されているところ、乙マンションは、西側部分を含む甲土地全体を敷地として建築確認がされており、甲土地に係る容積率の制限の上限に近いものであった。そのため、乙マンション建築後に西側部分が売却されてしまうと、甲土地のその余の敷地部分だけでは、乙マンションは容積率の制限を超える違法な建築物となる。また、西側部分を購入した者がこれを敷地として建物を建築する際には、異なる建築物について土地を二重に敷地として使用することとなるため、同法の一建築物一敷地の原則に抵触し、その者が建築確認申請をする際に建築確認を直ちには受けられない可能性があった。もっとも、建築確認の実務では、建築主事は、建築確認の審査にあたっては申請書の記載を判断すれば足り、建物の計画敷地とされている土地が既存の建築物の敷地の一部として既に建築確認されているか否か(つまり、ある敷地が複数の建築物に二重使用されているか否か)は審査の対象にならないと一般に理解されている。
C建築会社の担当者は、以上の建築基準法上の問題点のために西側部分の売却価格が低下せざるをえないことを認識していたが、Aにこのことを説明しなかった。むしろ、建築確認の実務を踏まえれば、売却後の西側部分に建物が建築される際に建築主事が敷地の二重使用に気づかない可能性が高いから、西側部分の売却価格が低下することもないとの見込みに基づいて、上記計画を提案した。これに対して、AおよびB銀行の担当者は、西側部分の売却によって以上の建築基準法上の問題点が生じることを知らなかった。
Aは、両担当者の説明を受けて上記自己資金のねん出が可能であると考え、これを前提として、B銀行から上記資金合計1億円の融資を受けて乙マンションを建築することを決めた。そして、Aは、上記計画に基づいて、C建築会社との間で乙マンションの建築請負契約を締結し、C建築会社は、完成させた乙マンションをAに引き渡した。他方、B銀行は、上記投資プランに基づいて、Aに合計1億円を貸し付けた。
しかし、Aは結局、上記の建築基準法上の問題点のために西側部分を予定通りに売却することができず、上記自己資金をねん出することが困難となった。Aはやむなく、自己の他の財産を処分するなどして、上記自己資金に相当する分の返済資金を調達し、B銀行に対する債務の支払いに充てた。
(1)Aは、B銀行およびC建築会社に対して損害賠償を請求することができるか。その根拠や要件、損害の内容などに特に注意しつつ、検討せよ。
(2)本事例において、B銀行の担当者とC建築会社の担当者が上記計画の内容をAに説明する際に、C建築会社の担当者は上記の建築基準法上の問題点を指摘していたが、Aのほうから両担当者に対して、建築主事がこの点に気づかない可能性にかけて上記計画を実施するよう迫ってきたので、B銀行およびC建築会社は仕方がなくAの意向に応じていたとする。この場合において、小問(1)の結論に違いが生ずるかどうかを検討せよ。
出題 早稲田大学大学院法務研究科准教授 秋山靖浩先生
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