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平成20年度 第57回 末川杯争奪法律討論会 論旨 
中央大学 杉山智紀


本問を検討するにあたりまず結論を述べます。

 甲は60条、204条により乙に対する傷害罪の共同正犯及び丁に対する傷害罪の共同正犯の罪責を負い、これらは45条により併合罪となります。

ただし、丁に対する傷害罪は36条2項により刑の任意的減免を受けます。

 丙は60条、204条により丁に対する傷害罪の共同正犯の罪責を負います。

ただし、36条2項により刑の任意的減免を受けます。

 以下かかる結論に至った理由を述べます。


第一に丙の罪責を検討します。

まず、乙に対し突きを入れた行為につき、204条の傷害罪が成立するでしょうか。


 丙の行為によって、乙は打撲傷という生理機能の障碍が発生していることから、同罪の構成要件にあたります。

 しかし、丙の攻撃は、甲の身を守るためにやむなく行ったものです。

 そのため、刑法36条1項の正当防衛として、違法性が阻却されないでしょうか。

 丙の行為が、急迫不正の侵害に対し、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずした行為、といえるか以下検討します。

 

まず、乙のゴルフクラブによる攻撃は継続することが容易に予測されることから、急迫不正の侵害があるといえます。

 では、防衛するためといえるでしょうか。

 この要件を満たすために防衛の意思が必要であるのか、問題となります。

思うに違法性の本質は、社会倫理規範に違反する法益侵害にあります。

 とすれば、社会倫理規範というものを基準としている以上、行為者の主観を考慮するべきであり、違法性阻却事由である正当防衛が成立するには、行為者の主観的要素として防衛の意思が必要です。

 そして、防衛の意思は、急迫不正の侵害を認識しつつ、それを避けようとする心理状態で足ります。

 丙は、乙から甲への攻撃という急迫不正の侵害を認識し、その侵害を避けるため、空手技の突きを入れたに過ぎません。

 よって、防衛の意思は認められ、防衛するためといえます。


 さらに、やむを得ずしたといえるには、防衛行為が、必要性、相当性を満たすことが求められます。

 この点、丙は乙の侵害行為に対応して防衛行為をしているため、必要性はあるといえます。


また、乙の攻撃手段であるゴルフクラブは、ヘッドの重さや振り回すことによる遠心力等から考え、身体に打ちつけられれば影響が大きく殺傷能力があるのに対し、丙は空手技の突きを軽くいれただけで、手加減しており少なくとも殺傷能力がないため、丙の防衛行為は相当性があるといえます。

 したがって、丙の防衛行為は相当性を満たすため、やむを得ずしたといえます。


 よって、丙の乙に対する行為は、正当防衛の各要件を満たすため、違法性が阻却され、傷害罪は成立しません。

 

 次に、丁に対し回し蹴りをかけた行為につき、204条の傷害罪が成立しないでしょうか。

 この点、頚椎損傷及び頭部挫傷という生理機能の障碍が発生していることから、傷害罪の構成要件に該当します。


 では、乙の場合と同様に正当防衛として違法性が阻却されないでしょうか。

 先に述べた要件に当てはめ、検討します。

 

まず、丁が、丙に殴りかかっているため、急迫不正の侵害はあります。

 また、丙は、丁の攻撃という急迫不正の侵害を認識し、それを避けるために、回し蹴りをしたにすぎません。

 よって、防衛の意思があり、防衛するためといえます。


 では、やむを得ずしたといえるでしょうか。

この点、素人である丁による素手の攻撃は、殺傷能力があるとはいえないのに対し、空手有段者の丙が行った回し蹴りという行為は、いわゆる勘違い騎士道事件の判例からもわかるように、殺傷能力があり、実際本問でも丁が勢いよく転倒するほどの威力をもつものです。

これは、防衛行為として相当性の程度を超えているため、やむを得ずしたといえず正当防衛が成立しません。

 よって、違法性は阻却されず、丙は丁への行為につき、傷害罪の罪責を負います。


もっとも、丙の丁に対する行為は、防衛の程度を超えたものといえ、36条2項の過剰防衛となり刑の任意的減免がなされます。


 第二に、甲の罪責について検討します。

 まず、丙が、乙に空手技の突きを入れたことにつき、甲に204条、60条により、傷害罪の共同正犯が成立しないでしょうか。


この点、甲は自ら直接実行行為をしていないため、いわゆる共謀共同正犯が成立しうるか問題となります。

 思うに、共同正犯における一部実行全部責任の根拠は、二人以上の者が、共同実行の意思のもと、相互に他人の行為を利用し補充しあって犯罪を実現することにあります。

とすれば、実行行為の分担の有無を問わずとも、相互に利用補充しあって犯罪を実現したと認められるならば、共謀共同正犯は成立すると解します。

具体的には、二人以上のものが自らの犯罪を共同して実行する意思のもと各自の意思を実行に移す謀議、つまり共謀をなし、その共謀に基づいて共同者の一部が実行行為を行えば、共謀共同正犯が成立します。


 では、甲と丙の間に、共謀があったといえるでしょうか。

この点、甲は丙に対し、乙が殴りかかってきた場合に防衛に加勢してほしいと頼み、丙も承諾していることから、甲丙とも、自らの犯罪を共同して実行する意思のもと、各自の意思を実行に移す謀議があるといえ、共謀があったといえます。

そして、丙は共謀に基づいて乙に突きを入れており、実行行為もあったといえます。

よって、甲は傷害罪の共謀共同正犯の構成要件に該当します。


 としても、丙に正当防衛が成立し不可罰になる以上、共同正犯者である甲も不可罰とはならないでしょうか。

共犯の違法が正犯の違法に連帯しないか、問題となります。

 まず前提として、共同正犯も共犯の一類型であるので、要素従属性の議論は妥当します。

 そして、共犯が処罰されるためには、正犯の行為が構成要件に該当し、かつ違法性を要する、制限従属性説をとるべきと考えます。

とすれば、丙の乙に対する行為は正当防衛が成立し違法性が阻却されているので、甲の違法性も阻却され、正当防衛が成立するようにも思えます。

 しかし、共犯の違法性が正犯に従属するのは、その根底に客観は連帯的に、主観は個別的に見るべきだという考えがあるからです。

かかる考えからすれば、違法性の問題であっても、制限従属性説を緩く解し、主観的な事情は個別的に判断するべきです。

 具体的には、正当防衛の要件としての防衛の意思は、行為者の主観を基準として判断することから、主観的な違法阻却要素であり、個別に判断すべきです。

 

では、甲に防衛の意思があったといえるでしょうか。

この点、先にも述べたとおり、防衛の意思とは急迫不正の侵害を意識しつつ、これを避けようとする心理状態と考えます。


本問では、乙宅を訪れた時になって、丁という意外な仲間の存在に気づき、彼らの激しい攻撃をはじめのうち避けていた甲は、急迫不正の侵害を意識しつつ、これを避けようとしていたようにも思えます。

しかし、共謀の時点で甲は、乙が殴りかかってくれば、その機会を利用して丙の空手技で乙を痛い目にあわせ、日頃の鬱憤を晴らそうと考えており、積極的加害意思を有していました。


とすれば、たとえ、現場での予想外の事態に対して、事前の積極的加害意思を排除したように思える客観的状況であったとしても、甲のやってくれという言葉に対する丙の攻撃は、共謀に基づくものであり、共謀時における甲の積極的加害意思はこれによって実現されています。

よって、事前の共謀に対する積極的加害意思による影響力が、甲の明示的意思により排除されていない以上、甲には積極的加害意思が認められます。

そして、このような積極的加害意思を有している場合は、もはや急迫不正の侵害を避けようとするものではないことから、防衛の意思は認められません。


 したがって甲の行為は、防衛するためという要件を満たさないことから、正当防衛として違法性が阻却されず、甲には傷害罪の共同正犯が成立します。


 次に、丙が丁に回し蹴りをかけた行為につき、甲に傷害罪の共同正犯が成立しないでしょうか。

 乙に対する場合と同様に、共謀共同正犯として認められるか検討します。

そもそも、丁への防衛行為につき共謀はあったのでしょうか。

 この点、共謀の内容を、乙に殴りかかられたことに対する防衛行為のみに限定すると、甲が明確に自らに侵害を行うものを特定する必要があり、自己の身体を守るという丙を呼んだ意図が達成されません。

とすれば、共謀の内容は、あくまで乙宅における甲及び丙への侵害に対し防衛行為を行うというものだと考えるべきです。


そして、その共謀に基づいて丙は丁に対して、回し蹴りという実行行為を行っています。

よって、甲は傷害罪の共謀共同正犯の構成要件に該当します。

 では、防衛の意志は認められるのでしょうか。

 甲に丁に対する積極的加害意思があるか問題となります。

 そもそも、甲が乙に対して積極的加害意思をもった主な理由は、貸した金を乙がなかなか返さず、さらに、催促しても罵倒してきたため、乙に対して鬱憤を溜めたことにあります。

 一方、甲は、丁に対して事前に鬱憤を溜めているような特段の事情は見当たりません。

 だとすると、乙・丁からの侵害時において、丁が殴りかかってきた機会を利用して、積極的に加害しようとする理由はありません。

 したがって、丁に対して積極的加害意思は認められません。

そして、事前の共謀の内容として、乙宅における甲及び丙への侵害に対し防衛行為を行うというものであった以上、丁の丙への侵害に対しての防衛の意志は有していたものといえます。

 

しかし、丙において認定したように相当性という要件に欠け、これは客観的要件のため、丙と違法を連帯し、違法性が阻却されることはありません。

 したがって、傷害罪の共同正犯が成立します。

 

 もっとも、丙の丁に対する防衛行為は、過剰防衛を違法責任減少と考えるところ、甲についても過剰防衛が成立するため、36条2項により刑の任意的減免がなされます。


 最後に罪数を検討します。

丙は傷害罪の共同正犯の単純一罪の罪責を負います。

 甲は乙への傷害罪の共同正犯と丁への傷害罪の共同正犯の罪責を負い両者は併合罪となります。

 以上より冒頭の結論に至ります。
以上
 

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