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平成20年度 第58回 全日本学生法律討論会 論旨 
中央大学 吉川 雅人


本問を検討するにあたり、まず結論を述べます。

甲は240条後段、239条、60条により昏酔強盗殺人罪の共同正犯の罪責を負います。

乙は240条前段、239条、62条により昏酔強盗傷人罪の幇助犯の罪責を負います。

丙は、甲と同様、昏酔強盗殺人罪の共同正犯の罪責を負います。

以下、かかる結論に至った理由を述べます。

第一に、甲の罪責について。

甲は、Aを昏睡させて、現金を奪い、殺しています。
かかる行為に昏酔強盗殺人罪が成立しないでしょうか。

この点、第一行為、つまり、致死量に満たない睡眠薬入りのジュースを飲ませる行為だけでは、昏睡強盗の着手にはなっても、強盗殺人の実行行為たりえません。

一方で、第二行為、つまり、Aを海に落とす行為だけを実行行為と考えた場合は、条件関係なく、因果関係が認められません。

しかし、これでは、用意周到に複数の行為を重ねる綿密な計画を実行するほど、偶然の事情によって、結果については帰責されにくくなり、刑法の行為規範性が全うされません。

では、第一行為から第二行為までを一連の行為とみて、かかる行為を実行行為といえないでしょうか。

思うに、実行行為とは、法益侵害の現実的危険性を有し、形式的実質的に構成要件に該当する行為をいいます。
とすれば、かかる行為を実行行為というためには、第一行為と第二行為が一連の行為であり、かつ、第一行為を開始した時点で、法益侵害に至る危険性があるといえればよいと考えます。
そこで、ここからは第一行為が法益侵害を確実、かつ、容易に発生させるに当たり必要不可欠な重要な行為であるかどうかと、第一行為と第二行為との間の場所的時間的近接性の2点を検討します。

まず、第一行為の重要性について検討します。
この点、Aを殺害する際に昏睡させないと、落とす際の抵抗や、落とした後、Aが自力で生還する可能性も存在し、殺害は極めて困難であるといえます。
一方で、昏睡させれば、抵抗もなく、自力での生還も難しいので、Aの殺害は、意識を失った人間を海に落とすという単純な行為だけで足ります。
したがって、第一行為は、A殺害という法益侵害を確実、かつ、容易に発生させるに当たり必要不可欠な重要な行為といえます。

次に、場所的時間的近接性についてですが、第一行為から、第二行為までに40分経過しています。
この40分間に、甲は、車で移動する他に、意識を失った人間を運ぶという重労働をし、丙と話をして協力を求め、Aを海に落としています。
とすれば、甲の店と、港とは移動に時間を要しない近距離にあると考えられ、両者は場所的に接着しています。
そして、40分という時間も、行為の連続性が切断されるほどの長時間とまではいえず、時間的にも接着しています。
したがって、第一行為と第二行為との間には、場所的時間的近接性が認められ、一連の行為であるといえます。

よって、第一行為から第二行為までを実行行為であるといえます。

では、この実行行為と結果の間に相当因果関係はあるでしょうか。
この点、甲が一連の実行行為を行わなければ、Aは死ななかったといえるので条件関係はあります。
とはいえ、Aの心筋炎という事情は、行為者たる甲はおろか、一般人すら行為時に認識しえませんから、この事情は相当性を判断する基礎と出来ません。
そこで、心筋炎を判断の基礎から排除したとしても、因果関係が社会的に相当といえるか、検討します。

昏睡させて海に落とすという一連の行為で、人が死ぬのは確実であるといえ、本問における実行行為による結果発生の危険性は極めて高いです。
そして、Aの死因は心筋炎による呼吸困難症状と睡眠薬による呼吸抑制作用の相まった呼吸停止による窒息死であると考えられ、海に落とされた場合の窒息死と、死因は、さして変わらず、死期が10分から30分早まる程度の差異しか現れませんから、心筋炎の結果への寄与度は小さいといえます。
したがって、心筋炎を判断の基礎から排除したとしても、因果関係は社会的に相当といえ、実行行為と結果との間に相当因果関係があります。

よって、甲は一連の実行行為によって、Aを昏睡させ、強盗の機会にAを殺害したといえ、昏酔強盗殺人罪の客観的構成要件を満たします。
また、本問における実行行為と結果に対する認識、認容もあるので、故意も認められ、主観的構成要件も満たします。
そして、これは後述の丙と共同正犯になります。

よって、甲の行為には昏酔強盗殺人罪の共同正犯が成立し、甲はその罪責を負います。

第二に、乙の罪責について。

乙は甲に睡眠導入剤を提供し、これは、甲の昏酔強盗殺人に使われました。
しかし、故意のない乙には、強盗殺人罪の幇助犯は成立しえません。
では、強盗致死罪の幇助犯は成立しないでしょうか。

強盗致死罪は結果的加重犯であるところ、その幇助犯は認められるのでしょうか。
幇助犯が処罰されるのは、正犯の実行行為を容易にして間接的に構成要件的結果を惹起するからですが、加重結果を惹起したことまで責任を負うのかが問題となります。

そもそも、結果的加重犯には、加重結果につき、過失が要求されます。
なぜなら、無過失により発生した結果は、責任主義の観点から非難できないからです。

これに鑑みるに、幇助者に、重い結果について責任を負わせるためには、正犯の行為が重い結果を発生させる危険性を有していることの認識可能性、及び当該行為を正犯が実行することについての認容が要求されることになります。
その上で、重い結果発生に関して正犯に過失がある場合に限り、結果的加重犯の幇助犯は認められると考えます。

本問において、甲の行為が死の結果を発生させる危険性を有するのは、それが睡眠薬を飲ませて海に落とすという一連の行為だからです。
そして、乙は睡眠薬を飲ませて金を奪うことは知っていますが、海に落とすことまでは知りませんでした。
さらに、甲は決して死に至らない量の、と念を押し、A殺害を乙に悟らせない努力までしています。
ですから、死の結果を発生させる危険性の認識可能性はなかったといえます。

したがって、乙に加重結果までは帰責できず、その行為には強盗致死罪の幇助犯は成立しません。

もっとも、Aを昏睡させる際、Aの体内における神経伝達物質の受容を薬物により阻害し、生理機能を障碍しており、強盗傷人罪の幇助犯が成立します。

なぜなら、刑法改正で、強盗傷人罪に、情状酌量により執行猶予をつけることも可能となり、傷害を重大なものに限定する必要性がなくなったので、かかる生理機能の障碍も、強盗傷人罪の傷害といえるからです。

よって、乙は昏酔強盗傷人罪の幇助犯の罪責を負います。

第三に、丙の罪責について。

丙は甲から事情を聞き、甲と共にAを海に落とし、100万円を受け取っています。

この点、丙は甲と共同して第二行為を行っただけなので、それ自体は、不真正身分犯である強盗殺人罪への加功であり、65条2項から、殺人罪を負うだけであるようにも思えます。
しかし、丙は甲から事情をすべて聞いた上で、甲の強盗殺人の実行行為に協力して、さらに、海に落とした後、甲から奪取金の一部である100万円を受け取っています。
そこで、丙は、関与前の甲の行為まで責任を負い、甲と同様、その行為に強盗殺人罪の共同正犯が成立しないでしょうか。

この点、後行者が先行者の行為等を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用し、残りの実行行為を他の共犯者と分担して行った場合には、相互利用補充関係が認められ、共同正犯の成立を肯定できると考えます。

では、残りの実行行為を分担したといえるでしょうか。
この点、丙が加担した時点で、Aは既に死亡しており、強盗殺人罪の実行行為が終了しているようにも思われます。
しかし、Aの死亡は、一般人に認識しえませんし、甲、丙も共に認識していませんから、加担時点でも法益侵害の現実的危険性が認められます。
そして、行為者である甲、丙自身も継続の必要性を認識している以上、実行行為は継続していると考えます。
ですから、第二行為の時点で、未だ一連の強盗殺人罪の実行行為は継続しており、それを、丙は甲と分担して行ったといえます。

また、その際に丙は、強盗の事実のみならずA殺害がその犯跡隠滅の手段であることまで、すべての事情を甲から聞いた上で、Aより奪取した100万円を受け取るため、甲のA殺害に、自ら協力しています。

これらから、丙は、甲とともに、Aを殺害して犯跡を隠滅し、強盗殺人を完遂する手段として、甲の作り出したAの昏睡状態を積極的に利用し、強盗殺人の実行行為の一部である、殺人行為を分担しているといえます。

したがって、丙と甲の間には相互利用補充関係が認められ、丙には、甲との共同正犯が成立します。

よって、丙の行為には昏酔強盗殺人罪の共同正犯が成立し、丙はその罪責を負います。

以上より、冒頭の結論に至ります。
以上
 

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