関東を中心に十数店舗の飲食店を展開するA株式会社(公開会社である。以下A社)では、徐々に売り上げおよび利益が減少しており、経営の立て直しを検討していた。そこで、創業者であり代表取締役の甲は経営の多角化を目指して、不動産業への進出を提案した。会社内では反対の声もあったが、甲は半ば強引にこれを進めた。しばらくすると、不動産業で生じた多額の負債によって飲食店業の経営にまで支障を来すようになり、数店舗の飲食店の閉鎖および不動産業からの撤退を余儀なくされた。そして、「甲は不動産業への進出失敗と経営不振の責任をとるべきだ」との声が会社内で大きくなり、甲はA社の取締役を辞任した。A社は経営再建を進めていたが、なお株価は低迷したままであった。
その後、関西を中心に飲食店を展開し業務拡大を続けるB株式会社(公開会社である。以下B社)の代表取締役乙と出会った甲は、乙と意気投合し、B社の取締役となった。B社では関東での業務拡大を検討していたが、A社の筆頭株主(12%保有)でもある甲の提案により、A社を傘下におさめることで大幅にこれを進めることを目指し、その旨取締役会で決定した。さっそくB社はA社の株式を市場で買い進め、発行済株式総数の15%を保有し、A社の筆頭株主となった。
間もなく、B社は、A社に対して業務提携の申し出を行い、A社株の買い付けは中断した。しかし、A社からは検討中という以外何らの返答もなく、申し出から数ヶ月が経過したため、B社は、次のA社の定時株主総会に向けて、A社の取締役・監査役の選任に関する株主提案を行った。またB社はA社の全株主に対して委任状の勧誘を行った。B社の提案する候補者は甲その他B社の関係者であり、仮にこの提案がそのまま決議されるとすると、A社の取締役の過半数と監査役の全員は、甲その他B社の関係者となる。
この事態に危機感を持ったA社の取締役は、今後の経営計画を再検討するとともに、取引先や従業員等、甲およびB社を除く主要な株主に対して、株主総会においてA社側の提案に賛成してもらうよう説得に回り、発行済株式総数の30%の株主から支持を取り付けた。これでは不十分であると考えたA社の取締役は、B社および甲への対策として以下の(1)(2)を考えている。それぞれを実行した場合について、会社法上の問題を指摘し、検討しなさい。
(1)業務提携をしているC社(北海道・東北地方にて飲食店を展開)との関係を強化し、C社に対して取締役会決議によって大量の新株を発行し、C社に筆頭株主となってもらうこと。
なお、払込金額は「特に有利な金額(会社法199条3項)」には該当せず、C社もこれを歓迎している。
(2)A社株を保有する多数の個人株主の意向を問うため、B社に委任状を送付した株主も含め、何らかの方法で定時株主総会で議決権を行使した株主に対し、一株主あたり一つずつ記念品(D社の電子マネー2500円相当。A社飲食店のほか全国の加盟店で使用可能)を後日贈呈すること。
なお、A社では以前から個人株主の拡大に力を入れており、株主優待制度を充実させてきた。昨年までは、基準日における全ての株主に対して、A社の経営する飲食店でのみ使える商品券(2000円相当)を、その持ち株数に応じて1〜10枚配付していたほか、株主総会に出席した株主に対しては、総会後の懇親会で新作メニューを振る舞い、抽選で遊園地の入場券などを贈呈していた。
A社取締役の一人は、昨年までの商品券配付及び懇親会では、A社の飲食店を利用できない地域の株主や株主総会に参加できない株主への配慮が不十分であり、これらを廃止する代わりに記念品の贈呈を行うことで株主優待制度を改善したい、また、今回の措置は、株主の議決権行使を促すことができるだけでなく、A社の飲食店での支払にD社の電子マネーの使用が最近になって可能になったことを広く宣伝でき、販売促進・顧客拡大・業務効率化の面でも大きなメリットがあると予想される、と説明している。そして、明言は避けているものの、取締役・監査役の選任に関するA社側の案に賛同してくれる個人株主が増加するのではないか、と考えているようである。
出題 駒澤大学法学部准教授 中濱義章先生
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