中央大学 杉山智紀
本問を検討するにあたり、まず結論を述べます。
Aには、205条及び62条による傷害致死罪の幇助と、219条による保護責任者遺棄致死罪が成立し、両者は混合的包括一罪となるため、保護責任者遺棄致死罪の罪責を負います。
BとCには、それぞれ205条及び60条による傷害致死罪の共同正犯と、218条保護責任者遺棄罪が成立し、両者は混合的包括一罪になるため、傷害致死罪の共同正犯の罪責を負います。
以下かかる結論に至った理由を述べます。
第一に、Cの罪責について検討します。
まず、Cの手術行為に傷害致死罪が成立しないでしょうか。
この点、結果的加重犯は基本犯に加え、結果との因果関係と予見可能性が必要と解します。
Cは腎臓摘出手術を行っており、Xの生理機能を傷害しているといえ傷害罪の実行行為はあります。
では、Cの手術と加重結果たるXの死との間に、因果関係は認められるでしょうか。
この点、因果関係判断は、条件関係の存在を前提に、偶然による結果を行為者に帰責しないため、客観的に相当であるかどうかを判断すべきです。
具体的には、行為時の事情については、客観的に存在した全事情を基礎として相当性を判断し、行為後の事情については、介在事情の結果への寄与度の大小、介在事情の異常性の大小、実行行為の有する危険性の大小、を、一般人を基準として客観的に帰責できるかを総合的に判断します。
本問では、手術をしなければ縫合部分からの出血もありえず、Xの死という結果は発生しなかったといえ、条件関係は存在します。
そして、行為後の介在事情として、AがXをベッドから転落させ、そのまま立ち去った事情を判断します。
確かに、Aの行為を契機に出血が起き、Xの死を直接惹起したといえるため、Aの行為の結果への寄与度は少なからずあります。
しかし、実行行為の有する危険性については、 ジムトレーナーであるCが移植手術の経験に乏しい点、腎臓摘出手術は人体の根幹である大動脈を傷つける可能性がある点、術後処置が不十分であった点から、実行行為の有する危険性は極めて大きいといえます。
さらに、介在事情の異常性については、Aが医療の素人である点、ベッドが即席誂えで崩れやすい点から、Aが誤ってベッドを崩しXを転落させてしまうことは、十分に考えられます。
また、Aのような一般人が、大量出血を目の当たりにすれば、動転して逃げ出してしまうことも十分に考えられ、介在事情の異常性は小さいといえます。
このように、実行行為の危険性の大きさと介在事情の異常性の小ささまで含めて総合的に判断すれば、Xの死という結果をCに客観的に帰責でき、因果関係は認められます。
そして、傷害の故意はあり、腎臓摘出手術から死という結果が発生することは一般人に予見可能といえるため、傷害致死罪の構成要件に該当します。
次に、本件手術は、医師たるCが行っているものの、治療行為に当たらず、正当業務行為としては違法性が阻却されません。
では、Xの納得の上で手術が行われたことから、被害者の同意があったとして違法性が阻却されないでしょうか。
この点、処分可能な法益につき、被害者の有効な同意が、結果発生時に存在していれば、違法性が阻却されるといえます。
まず、傷害罪における人の身体という法益は、個人的法益であるため、処分可能な法益といえます。
では、Xに有効な同意があったといえるでしょうか。
この点、自己決定権の行使には、十分な情報が必要です。
ですから、同意が有効といえるためには、十分な説明を受けた真意に基づく同意の存在が必要です。
本問では、ジムトレーナーであり手術の経験に乏しいCが、腕試しとして執刀することから失敗の可能性が存在したにもかかわらず、Xは、失敗の心配はいらないとしか聞いていないため、十分な説明を受けたといえません。
したがって、Xに有効な同意があったといえず、違法性は阻却されません。
よって、Cに傷害致死罪が成立します。
その後Cが、大量出血しているXを発見しすぐさま救急車を呼ばなかった行為に、生存に必要な保護をしなかったとして、保護責任者遺棄致死罪が成立しないでしょうか。
まず、Cは保護責任者でしょうか。
本問では、CはXを手術して危険を作出し、また、術後、自己の監督のもと、Aを使ってXの経過を管理しています。
このように、Cは先行行為によって危険を作出した責任があり、さらに、Xを自己の管理下におくことで他人による救助可能性を減少させ、危険を増大させているので、Xを看護する条理上の保護責任があるといえ、保護責任者といえます。
次に、生存に必要な保護をしたかどうかですが、Cは直ちに救急車を呼ぶことをせず、Y医院の玄関前にXを置き去りにしています。
確かに、Y医院に電話をかけて、救命措置を要請していますが、Y医院は病院ではなく小規模な医療施設であるため、直ちに救急車を呼んだ場合ほどの救命処置は望めません。
したがって、Cは生存に必要な保護をしていないといえます。
では、Xの死という結果と、Cの遺棄行為との間には因果関係が認められるでしょうか。
この点、不作為犯における因果関係は、期待された行為をすることによる結果回避可能性があれば認められ、その程度としては、十中八九の救命可能性で足りると解します。
本問では、CがXを発見した時点で、Xの救命が困難な可能性が少なからず存在しているので、十中八九の救命可能性があったとはいえず、因果関係は認められません。
よって、Cは保護責任者遺棄罪が成立するにとどまります。
そして、これは先に成立した傷害致死罪と時間的場所的接着性があり、異なる構成要件にまたがる同一法益に向けた侵害といえるため混合的包括一罪となり、科刑上一罪として重い刑である傷害致死罪で処断されます。
第二に、Aの罪責について検討します。
AのCの手術を助ける行為に、傷害致死罪の幇助が成立しないでしょうか。
この点、Aは手術の助手ですから、実行行為を分担したといえ、共同正犯が成立するようにも思えます。
しかし、Aは手術の詳細を何も聞かされておらず、Cの指示に従うことしかできないため、正犯意思をもちえません。
したがって、共同正犯は成立せず、幇助が成立します。
そして、結果的加重犯の幇助は、基本犯の発生について幇助をしている以上、加重結果に対して予見可能性があれば帰責されると解するところ、本問では、先述のように死という結果への予見可能性があります。
よって、Aに傷害致死罪の幇助が成立します。
次に、AがXを大量出血させた後、放置して立ち去ったという不作為に、不真正不作為の殺人罪が成立しないでしょうか。
この点、不作為が実行行為といえるためには、作為犯と構成要件的に同価値といえる必要があります。
そして、同価値性が認められるためには、作為義務、作為の容易性及び可能性、そして行為者の排他的支配が必要です。
本問においては、BCは物置の外で一休みしていただけで、物置に出入りできたので、XがAの排他的支配下にあるとはいえず、殺人罪との構成要件的同価値性はありません。
よって、殺人罪の実行行為はなく、殺人罪は成立しません。
では、保護責任者遺棄致死罪が成立しないでしょうか。
この点、Aは、Cの指示のもと手術や看護に携わっているため、Cと同様に条理上の保護義務があるといえ、保護責任者といえます。
そして、出血しているXを倉庫に置き去りしていることから、遺棄したといえ、抽象的危険も生じており、実行行為はあるといえます。
では、Xの死との間の因果関係が認められるでしょうか。先述の基準で判断します。
本問では、BCがXを発見した時点で救急車を呼ぶなどすれば相当程度以上の救命可能性がありました。
そして、出血多量というXの死亡原因が時間経過により悪化するものであることから考えると、その一時間前であれば、相当程度を上回るような十中八九の救命可能性があったといえ、結果回避可能性があるので、因果関係は認められます。
よって、保護責任者遺棄致死罪が成立します。
そして、これは、先に成立した傷害致死罪の幇助と時間的場所的に接着した侵害といえ、混合的包括一罪として重い刑である保護責任者遺棄致死罪の罪責を負います。
第三に、Bの罪責について検討します。
まず、BにXの手術につき傷害致死罪が成立しないでしょうか。
BはAと異なり、手術を手伝っているなどの事情がなく実行行為を分担していないといえるため、共謀共同正犯の成否が問題となります。
この点、正犯意思のもと、実行と評価できるだけの共謀をし、共謀者の一人がその犯罪を実行していれば、共謀共同正犯が成立すると考えます。
本問では、Bは、自ら手術を計画し、売買交渉や人員の手配も単独で行っているため、Xに対する傷害において非常に重要な役割を果たしたといえ、実行と評価できるだけの共謀があったといえます。
そして、臓器売買斡旋の利益を享受するために、自発的におこなっていることから、正犯意思も認められます。
また、ACがXを手術していることから、共謀者の一人がその犯罪を実行しているといえます。
さらに、先述のように死という結果への予見可能性もあります。
よって、Bに傷害致死罪の共同正犯が成立します。
また、保護責任者遺棄罪についても、手術による危険の作出、及び、術後の管理関係からCと同様保護責任を負い、Xの処分につきCと相談し、必要な保護を行っていないことから、共同実行の意思と共同実行の事実が認められます。
したがって、Bに保護責任者遺棄罪の共同正犯が成立し、先に成立した傷害致死罪と混合的包括一罪となり、重い刑である傷害致死罪で処断されます。
以上より冒頭の結論に至りました。
以上
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