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平成21年度 第12回 新島襄記念法律討論会 論旨 
中央大学 金子 祥子


 本問を検討するにあたり、まず、結論を述べます。
 第一問において、Xの行為には刑法199条の殺人罪が成立します。
 第二問において、Xの行為には203条、199条の殺人未遂罪が成立します。
 以下、かかる結論に至った理由を述べます。

 はじめに、第一問について検討します。

 まず、XとAは別れ話をしているうちに心中をしようということになりましたが、後にXは心中の意思を失っているにもかかわらずAに青化ソーダを与え、Aはこれを飲んで即死しました。
 そこで、Xのかかる行為は202条前段の自殺関与罪の構成要件に該当しないでしょうか。
 まず、自殺関与罪の実行行為は、人を幇助して、もしくは教唆をして、被害者を自殺せしめることです。

本問では、Xは猛毒である青化ソーダという自殺の用具を提供するという幇助行為をしています。 
 そして、Aはそれを飲んで即死しているため、202条の実行行為があるように思われます。
 
 しかし、Aは、Xが追死することを信じて、死に至ったのであり、このような欺罔行為がなければ死に至らなかったと考えられ、Aは自ら死にいたるという意思決定に関する本質的な動機に錯誤があるといえます。
 
 このような、加害者の欺罔行為により被害者が動機の錯誤を起こし、自己の生命を処分するという意思決定に至った場合、202条の自殺に該当するか問題となります。

 思うに、202条が同じく生命を保護法益とする199条よりも軽い法定刑を科している根拠は、被害者が自己の生命を放棄することへの同意による違法性減少にあります。
 また、自殺が本来不可罰である根拠は、個人の自己決定の尊重にあります。
 とすれば、自殺といえるためには、被害者が自己の生命の放棄に対して有効に同意することを必要とします。
 
 では、動機に錯誤がある場合、有効な自殺意思といえるでしょうか。
 この点、法益に関する錯誤がある場合、有効な自殺意思ではないという説があります。
 この説によれば、被害者は死ということの意味は理解しているのであり、自己の生命の処分について錯誤はなく、ただその動機に錯誤があるだけなので、有効な自殺意思があるといえます。
 しかし、この説では、あらゆる動機の錯誤に関する自殺意思が有効とされてしまい、自殺意思にどれほどの瑕疵があるかどうかを個別具体的に判断することができないため、妥当とは言えません。
 
 先に述べたとおり、自殺が不可罰なのは、自己決定を尊重している点にあります。
 にもかかわらず、202条において自殺に関与することが犯罪として類型化されているのは、生命が、何よりも保護すべきものであるため、それを放棄することに関する個人の自己決定に、外部から干渉することを防ぐためであるといえます。
 
 とすれば、そのような生命という法益の要保護性の高さに鑑み、自殺意思の有効性は、たとえ単なる動機の錯誤であっても、自殺者が自殺を決意するにあたっての本質的な動機、すなわち、それがなければ自殺を決意することはなかったというような動機に関し

て錯誤があるかないかで判断すべきです。

 本問において、AはXに別れ話を持ちかけられたときに、全くそれに応じなかったことから鑑みるに、AはXの事を相当程度愛しており、Xと別れるくらいならば、いっそ一緒に死んだ方がいいとAは思い心中するに至りました。
 そうであるならば、Xが追死してくれるからAは死ぬのであり、Xが追死することは、Aが自らを死に至らしめる上で本質的な動機であったといえます。
 
 よって、Aは真意に基づいた自殺とは言えず、Aの行為は自殺とは言えません。
 
 したがって、Xの行為は自殺関与罪の構成要件に該当しません。

 では、自殺ではないにもかかわらず、Xの青化ソーダを与える行為によりAの死という結果が発生していることから、Xの行為は199条の殺人罪の構成要件に該当しないでしょうか。

 まず、Xは殺人罪の実行行為を行っているといえるでしょうか。
 この点、Aは自ら青化ソーダを飲んでおり、Xは直接手を下しているわけではありません。

 しかし、XはAの自殺をする意思を利用してAに青化ソーダを渡し、Aの死という結果を惹起しています。

 このことから、XがAの行為を利用したことが、間接正犯の実行行為といえないでしょうか。
 
 間接正犯といえるためには、利用者が正犯意思を持っていることおよび、被利用者が利用者の道具のように一方的に支配利用されることと同視されること、すなわち被利用者に反対動機の形成可能性がないことが必要となります。
 
 本問にあてはめてみると、AはXが別れ話をもちかけたにもかかわらず、まったくそれに応じなかったことから、AにはXに対する愛情が相当程度あるといえます。
 このことから、Xが追死をするといえば、Aはそれに従う可能性が高く、また、Aとっては、Xと別れることと、自己の生命を放棄することでは、自己の生命を放棄することが優先することから鑑みるに、自己の生命の法益を処分することへの反対動機の形成が不可能と言えるので、道具と同視しうると考えられます。
 また、青化ソーダを手渡すことは、被利用者たるAの行為を通じてAの死という結果を発生させる現実的危険性を有していると言えます。
 
 また、正犯意思についてみると、XはAのことを重荷に感じており、別れたいと思っていたことから、Aが死ぬことで精神的な利益を享受するといえます。
 よって、Xには正犯意思が認められるといえます。
 
 したがって、Xの行為は殺人罪の実行行為と評価できます。
 そしてXの行為によってAの死という結果が発生しています。
 
 次に、XはAに対して殺人の故意があるでしょうか。

 本問では、Xは一度心中する意思を失った後、中止したことをAに伝えることはしませんでした。しかも、XはAに単独で死ぬ意思がないことを知っていたにもかかわらず、Xはわざわざ追死を装っており、Aに猛毒である青化ソーダ致死量を与えています。そして、XはAの自ら死ぬという行為を利用することで、Aを殺すという認識を有しています。

 以上のことから、Xに殺人の故意が認められます。
 以上より、Xの行為には199条の殺人罪が成立します。

 続いて第二問について検討します。

 まず、XはAを殺害する目的で、青化ソーダと同色の無害の粉を用意していますが、結果として、間違えて無害の粉を渡してしまいました。
 
 ここで、Xの行為は結果を引き起こさない行為であったために、殺人罪の実行に着手したとは評価できず、不能犯とはならないでしょうか。未遂犯と不能犯の区別と関連して問題となります。
 
 そもそも、未遂犯の処罰根拠は、法益侵害の現実的危険性を惹起したことにあります。
 とすれば、未遂犯と不能犯の区別は法益侵害の危険性の有無で判断すべきであり、その判断基準が問題となります。
 
 この点、危険性の有無は、実行行為時に存在した客観的事情をもとに、実行行為時を基準に、裁判官が一般人の視点で科学的合理的に判断するという説があります。
 
 しかし、法益侵害の現実的危険性は、行為の具体的状況を基礎として社会一般の目から見た類型的危険性を意味すると解すべきであるため、科学的危険性を中心に考えるのは妥当ではありません。

 思うに、危険性の判断は実行行為性の判断であり、構成要件該当性の判断といえます。
 そして、構成要件は社会通念を基礎とした一般人に対する行為規範であって、また、評価の対象となる行為は主観と客観の統合体のことをさします。

 したがって、危険性の有無は行為当時に一般人が認識しえた事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として、行為時に立って、科学的一般人ではなく通常の一般人の見地から判断すべきと解します。

 本問についてみると、XとAは心中の約束をしており、そのような状況で、白い粉末が差し出されれば、一般人は毒物だと認識できたはずです。
 よって、Xの行為にはAの死という結果が発生する危険性があったといえます。
 したがって、Xは殺人罪の実行に着手したといえます。
 また、結果は不発生であり、自己の犯罪の認識はあるため、故意が認められます。
 そして、Aの死の結果は発生しておらず、
 したがって、Xの行為は、殺人未遂罪の構成要件に該当します。

 したがってXには199条、203条から殺人未遂罪が成立します。

 次に、Xは自ら事情を明かして、Aに残りの青化ソーダを渡していないことから、43条但し書きの中止未遂が成立し、刑の必要的減免がなされないでしょうか。

 中止犯が成立するためには、当該行為を「自己の意思によって」なすことが必要ですが、その意義が一義的で問題となります。
 
 思うに、中止犯における刑の必要的減免の根拠は、行為者の責任減少にあります。
 
 とすれば、自己の意思により、とは外部障害がないのに、行為者が自発的意思によって中止行為をすることにあります。
 
 すなわち、行為者が中止するにあたって、行為者を基準にたとえできるとしてもしなかった場合に任意性があり、たとえしようとしてもできない場合には任意性がないとします。
 
 本問にあてはめると、XとAは心中するという形態をとっている以上、二つある粉の包みの片方を相手に渡したならば、もう片方は自分が飲む分であることは前提となっています。
 とすれば、犯行を継続するには、毒が入っているという前提の包みを一つ既に飲み終えたAに、自分が飲まざるを得なくなった青化ソーダを更に服毒させなければなりません。
 しかし、Aは既に自身の分を飲み終わっているため、2つ目の包みの内容物は当然にXの分だと思っています。
 よって、XがAに青化ソーダを改めて飲ませることは非常に困難であり、先に述べた定義にあてはえると、Xはしようと思ってもできなかったといえ、任意性は否定されます。
 したがって、Xに中止犯は成立しません。
 
 よって、中止未遂は成立せず、刑の必要的減免はなされません。

 よってXは203条、199条より殺人未遂罪が成立します。

 以上より冒頭の結論に至りました。
以上
 

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