中央大学 金子祥子
本問では、事前と事後の違憲審査について、権力分立論を踏まえた憲法論的構成が求められています。
本来違憲審査とは、国家行為の憲法適合性を判断するものをいいますが、本問における違憲審査とは、法令等の憲法適合性を判断する違憲立法審査を特に意味すると解します。
そして違憲立法審査権は、憲法81条で、最高裁判所が最終的に有することになっています。
この趣旨は、紛争解決を通じて国民の人権保障を図るものです。
また、それを体現する手段として、司法が立法、行政の違憲行為を統制し、権力相互の抑制と均衡を確保することにより権力分立を図る趣旨でもあります。
すなわち、違憲審査は司法部門と政治部門の権力分立を図る一手段として憲法上用意されています。
もっとも現実には、法律の施行前に行われる事前の違憲審査は政治部門が担っており、司法部門は法律の施行後に行われる事後の違憲審査のみを担っています。
とすれば、違憲審査の役割は事前と事後で異なります。
そこでまず、このような事前と事後の違憲審査制度の役割と、権力分立との関係から、いかなる問題点があるかを検討します。
その上で、かかる問題点を解決するために、諸外国の制度を参考にしつつ、日本の違憲審査制度がどうあるべきか論じます。
まず事前の違憲審査が権力分立の観点からどのような問題があるか検討します。
事前の違憲審査とは、衆参各議院および内閣の各法制局によって、法律案についての憲法適合性を判断することと解します。
特に、成立する法案の多くは、内閣によって提出されたものであり、この法案は、内閣法制局により審査されています。
この内閣法制局による事前の違憲審査について、以下検討します。
内閣法制局とは、内閣法制局設置法3条により設置される内閣の補助機関であり、主な業務は内閣が提出する法律案の審査と、憲法解釈に関する意見事務です。
このような事前の違憲審査は行政権に属する内閣法制局が司法権に属する違憲審査権を行使するものといえ、81条に反するといえないでしょうか。
81条に反していれば司法権を侵すものといえ、権力分立の観点から問題となります。
この点、内閣法制局による違憲審査は、広く国民全体の人権保障を目的として、立法過程において当該法律案と憲法との整合性を取るため、専ら文面的、形式的に審査する抽象的な審査です。
かかる審査は、政治部門の共通見解を持つためであり、単に法案を作る上での審査にすぎません。
とすれば、これは、後述するような司法部門によって行われる事後の違憲審査とは別の憲法解釈といえます。
したがって、このような事前の審査を行ったとしても、事後の違憲審査を拘束するわけではなく、司法権と矛盾、抵触するものではないため、内閣法制局による事前の違憲審査は81条に反しません。
よって、事前の違憲審査は権力分立の観点から何ら問題はありません。
次に、事後の違憲審査が権力分立の観点からどのような問題があるか検討します。
事後の違憲審査とは、成立した法律の憲法適合性を裁判所が判断することと解します。
これは、81条に基づく紛争解決による人権保障と、司法権が違憲審査することで政治部門を抑制し、権力分立を図ることを目的としています。
しかし、最高裁判所において実際に違憲判決が下されたことは8件しかなく、合憲判決をしている裁判においては、立法裁量論を多用しており、違憲審査権の行使が消極的であるといえます。
確かに、違憲審査制は憲法違反の国家行為を是正するものであるため、議会の民主的な多数意思を、国民の意思から離れた裁判官が否定するという側面があります。
そして、司法権が最終的な政治決断を行うことで、司法による消極的立法を認めることになり、最終的には、三権の均衡が図れなくなることが考えられます。
また、司法が違憲審査権を積極的に行使することで、多数者の意思による決定を余りにも覆すとしたら、裁判所の客観性と公正さへの国民の信頼は傷つけられてしまいます。
その結果、司法部門の積極的な発言のほとんどが尊重されなくなり、裁判所の権威の低下、裁判所の基本的な活動自体の阻害等の弊害も考えられます。
これらの理由から、日本の最高裁判所は、国会の判断を尊重し、司法消極主義的なスタンスを採っているものと思われます。
しかし、先に述べた事前の違憲審査とは異なり、事後の違憲審査は具体的争訟を通して行われることから、実質的には少数者の人権保障を目的とするものです。
そして、この少数者の人権は、議会の多数の民主的な決定からも保護されるべきであり、抽象的段階では観念し得ないため、その担い手は政治部門から独立した司法権しかありません。
にも拘らず、司法消極主義のもと、裁判所が判断を自制すると、少数者の人権保障が十分になされなくなってしまいます。
とすれば、司法権は違憲審査権を積極的に行使すべきとも思えます。
このように、違憲審査を消極的にすれば権力分立が守られ、積極的にすれば人権保障にかないます。
権力分立は、自由主義的観点から終局的に国民の人権を保障する制度なので、一概にどちらを優先すべきとはいえません。
したがって、違憲審査によって権力分立と人権保障の調和をどのように図るかが問題となります。
これは権力分立を採用している近代憲法にとって根本的な課題といえます。
そこで、近代憲法を採用している諸外国の制度を参考にして、違憲審査の在り方を探っていきます。
まず、アメリカにおいては、連邦裁判所判事は、大統領の指名と上院議員によって承認されるため、大統領の司法観に近い者が判事として選ばれます。
その結果、現行の政治部門と反対の司法観を持った判事が最高裁判所に存在し、違憲審査の行使に積極的になります。
次に、ドイツでは、憲法裁判所等によって、司法が政治部門に介入する機会があるといえ、違憲審査の行使においては活発といえます。
これは、権力分立の維持を目的としながらも、司法が本来の職務を全うすべく、つまり、人権保障の観点からは違憲審査権を行使しているといえます。
これらの諸外国の例によれば、いずれの国も少なくとも日本より積極的な違憲審査を行っているといえます。
私にはこれらの諸外国の違憲審査のあり方が、権力分立と人権保障の調和という課題を克服しているように思えます。
したがって、事後の違憲審査においては、司法消極主義という問題点があり、より積極的な違憲審査制度の構築が求められていると考えます。
では、具体的にどのような違憲審査制度を構築すべきでしょうか。
この点、ドイツ型の憲法裁判所を導入すべきとの提案があります。
しかし、ドイツにおける憲法裁判所は、行政、司法の双方から独立した組織であり、日本に導入する際には、81条を改正する必要があります。
そして、厳格な手続きが要件とされている日本国憲法の改正は非常に困難です。
とすれば、現在の憲法の規定を前提に、すなわち付随的違憲審査制であることを前提に、必要な改革を行うべきだと考えます。
そこで私は、違憲審査を活発にするために、最高裁判所の構成の在り方を以下の3点に変えることを提案します。
第一に、最高裁判所裁判官の人数をアメリカと同様の9人に減らすことを提案します.
なぜなら、現行の最高裁判所の人数は15人と多いことから、憲法裁判における価値判断の対立が起こり、消極的違憲審査につながっています。
とすれば、より少数で審査を行えば、考慮すべき意見が減少するため、結論を導きやすくなることからより積極的な違憲審査ができると考えられるからです。
第二に、最高裁判所裁判官の任命システムを変更し、裁判官諮問委員会を設置することを提案します。
現在、最高裁判所の裁判官の大多数は、最高裁判所自身によって選ばれており、内閣官房による裁判官の選出は学識者ならびに行政部門からの出向者に限られ、その人数も3人以下となっています。
その結果、最高裁判所裁判官は憲法判断に積極的な立場の者の就任が、回避される傾向にあります。
そこで、内閣が裁判官諮問委員会を設置し多様な人材を登用すべきです。
これは全国の法律家の中から互選で委員を選び、それらと内閣選任の委員が合議で最高裁判所裁判官を選出し、内閣に答申するというものです。
また、このプロセスを公開することによって不適正な人選を防止することが出来ます。
第三に、特別高裁の設置を提案します。
具体的には、最高裁の前に特別高裁というものを設置し、上告審は、その大部分を特別高裁に担わせるというものです。
法律などの憲法適合性についての判断が従来の最高裁判例から明らかでない場合や、憲法の解釈適用についての従来の最高裁判例に問題があると考えられる場合に、最高裁に事件を移送します。
これにより、現在の付随的違憲審査制を維持しつつ、最高裁判所の負担を軽減することが可能となります。
以上の制度を設けることによって、消極的な日本の違憲審査制度をより積極的にでき、人権保障と権力分立の調和を図ることが出来ます。
よって私は、権力分立を踏まえた違憲審査のあり方として、かかる制度の導入という憲法論的構成を提案します。
以上
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